【生物・認知】『植物に意識があるという考えを埋葬しようと努力する生物学者たち』The Guardian 2019/7/3

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Group of biologists tries to bury the idea that plants are conscious
https://www.theguardian.com/science/2019/jul/03/group-of-biologists-tries-to-bury-the-idea-that-plants-are-conscious

園芸用手袋は外された(※)。10年以上にわたる、植物の意図、感情、さらには意識さえも明らかにしたと主張する研究に不満を溜めてきたより伝統的な志向を持つ植物学者は、ついに堪忍袋の緒を切らした。彼らは植物は意識を持たないと断固として抗議している。

(※)原文:The gardening gloves are off. 「the gloves are off(開戦の用意ができた)」とかけてある。

植物の意識論争への最新の爆薬投下は、 「植物神経生物学」に従事するものたちは環境を感知し反応する植物の確かに印象的ではある能力に我を忘れている(※)と主張するアメリカ、イギリス、そしてドイツの生物学者たちによって行われた。

(※)原文:…have become carried away with the admittedly impressive abilities… 「be carried away with X」は、Xによって我を忘れて没頭するとか、夢中になりすぎて冷静にものが見えなくなる状態を意味する。

植物は触れられると葉を丸めたり競争相手が近くにいるとより速く成長したり、獲物が舞い込むと罠を発動したりするが、イラついた生物学者たちは、一部の植物神経生物学者が主張するように、植物が彼らの行動を選択したり、その過程で学習をしたり、場合によっては傷つくと信じる理由はないと主張する。

植物は根の先端に「脳のようなコマンドセンター」を持ち、動物の神経系と同等のものを持っているという主張に悩まされた批判者たちは、知覚のある植物の存在についても、神経科学者Antonio Damasioが「何が起こっているかの感覚」と呼ぶようなものを可能にする構造が植物の中に存在するという証拠もないと反論する。

カリフォルニア大学サンタクルーズ校の植物学者であるLincoln Taizと、同様の意見を持つ7人の研究者たちは、2006年に植物神経生物学が初めて登場したジャーナルTrends in Plant Scienceにおいて、次のように述べている「植物が生き残るため、あるいは生殖するために、意識、感情、および意図などのエネルギーのかかる精神的な能力を必要とし、したがってまた進化させたという証拠は一切ない」。

「植物神経生物学者に対する我々の批判は、脳の組織構造、複雑さ、そして意識現象への特化性の重要さを考慮していないことです」とTaizはガーディアンに語っている。

この一斉砲撃は、知覚、学習、記憶そして意識を含む植物の認知能力に関する研究を行っているシドニー大学のMonica Gaglianoから強い反応を引き起こした。彼女は、批判はすべての証拠を考慮に入れることができておらず、著者の見解を支持する研究にしか焦点を当てていないと述べている。 「私にとって、厳密な科学を通して知識を生み出すプロセスというのは、主張の裏にある証拠基盤を理解することです」と彼女は語っている。「彼らの実験データはどこにあるんですか?それとも、ただ彼らの主張を額面どおりに受け入れろというのでしょうか?」

Taizは、動物の単純な脳と複雑な脳を比較することによって意識の起源を探っている、アメリカの研究者Todd FeinbergとJon Mallattによる研究を引用している。彼らは、昆虫やカニから猫やサルまでの範囲の動物は意識を持つのに十分な脳を持っているが、他の生物はそのテストに不合格であると結論付けている。これらの生物には植物も含まれていることをTaizは主張する。

植物学者が植物の性について1世紀以上も論じたロマン主義時代以来、この議論は植物に関する最大の論争を形成しつつある。純正主義者たちは花壇で卑猥なことは起こらないと主張し、性的に極端な側は、植物が性を持つだけでなく、生殖と情熱に満ちていることを思い描いていたように。

Taizは、植物神経生物学の台頭は、地球の生命にとってますます大きな脅威となっている環境危機によって引き起こされていると考えている。

「彼らは植物を生きた有機体として見るよう人々の意識を高め、感情的なレベルまで到達させたいのです。私はその動機に非常に同情的ですが、それは彼らの客観性を曇らせてしまっています。彼らは植物が意識を持たないかもしれないという事実に対する覚悟をしなければなりません」と彼は述べる。 「それは悪い科学(bad science)です。それは科学という営み全体を巻き込み、その信頼性を低下させてしまうのです」。

しかしGagliano はそのような懸念を微塵も持ち合わせていない。 「物事がどのようにあるのかをすでに知っていると考え、自分自身の仮定を疑問視し続けることができず、馴染みのある信念の体系に基づいて主張を構築するというのなら、私たちは深刻な問題に瀕しており、真の科学的発見の機会を逃していることになるでしょう」。

「残念なことに、この意見はもう一つの機会を逃しているように思えます。これにより、意識が何であるかについてのより良い科学的理解に向かって著しい前進をすることはできなくなるでしょう」。

Charles皇太子は、ゼラニウムと話をするだけでなく、それらを積極的に教育する。この論争が彼をどこに置いていくのかはわからない。 「Charles皇太子や、植物に語り掛ける誰かを批判する気は毛頭ありませんが、もし植物が反対に話しかけてきたら、私は間違いなく心配になるでしょう」。とTaizは語った。



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