【哲学・道徳】『我々は存在すべきでないものたち - アンチナタリズムの哲学』The Critique 2015/7/15

Antinatalism-Real-Cover.jpg
We Are Creatures That Should Not Exist
The Philosophy Of Anti-Natalism
By Professor David Benatar (The University of Cape Town)
July 15, 2015 Picture: Aleksandra Lech/Behance.

この記事は、The Critique exclusive No Exit From Hell: The Philosophy Of True Detectiveの一部です。


学生があるテレビ番組を見たかどうかを私に尋ねてくるのは珍しい事だった。それがTrue Detectiveが放映されるようになり変わった。学生たちがそのシリーズを見たかどうかを尋ねてくるようになったのだ。この質問を促したのは、刑事Rustin Cohleのアンチ・ナタリストとしての黙想と、作者であるNic Pizzolattoが私のアンチナタリスト本『Better Never to Have Been』[1]がRust Cohleの世界観[2]に影響を与えた作品の一つであったことをインタビューで認めていたことだと分かった。

他の人たちと同様に、私も「このような大ヒットシリーズが…[アンチナタリズムが示唆するように]…我々は生殖を止めるべきであることを示唆する暗い哲学を顕著にフィーチャーしている」[3]という驚きを感じた。この恐ろしい世界観が、幅広い聴衆に紹介されたのだ。

しかし、アンチナタリズムは、The True Detectiveを通してのみこの見解に触れるというものたちによって、Rust Cohleのキャラクターとあまりにも密接に関連付けられてしまう危険性がある。危険なのは、アンチナタリズムがRust Cohleのキャラクターの他のダークな特徴と混同されるか、あるいはそれと結びついたものと見なされる可能性があるということだ。これらには、ニヒリズム、暴力、アルコール中毒などがある。

アンチナタリズムは、我々は子供を増やすことを思い止まらなければならない、すなわち子供を持つことは間違っているという見方である。この結論に至るにはさまざまなルートがある。これらのうちのいくつかは「博愛主義的(philanthropic)」ルートと呼ばれるものだ。これらは我々が生み出すことで存在が与えられる人間に対する気遣いから生まれる。これらの議論は、人生は苦で満たされており、我々はそれ以上の苦を生み出すべきではないというものだ。多くのナタリストたちは、少なくとも人生における良い部分が、悪い部分を上回ると主張し、これらの主張を厭う。彼らは次のことを覚えておくべきである。

第一に、心理学的研究から、(ほとんどの)人々は楽観主義のバイアスを受けやすく、人生における悪い部分を過小評価する他の心理的特性の支配下にあるという十分な証拠がある[4]。したがって、彼らの生活がどれだけうまくいっているかについての前向きな評価は信用できないという優れた理由がある。

第二に、目を凝らしてみれば、どれほど苦が存在しているかが分かる。例えば、何百万もの人々が貧困の中で生活していたり、暴力や脅威にさらされているということを考えてみよう。心理的苦痛や混乱は広範囲に及ぶ。うつ病の割合も高い。誰もが不満や死別に苦しむ。人生は病気の期間によってしばしば断絶される。一部は持続的な効果を伴わずに過ぎ去るが、長期的な後遺症を残すものもある。世界の貧しい地域では、感染症が病気の大部分を占めている。しかし、先進国の人々も恐ろしい病気から免がれているわけではない。彼らは卒中や様々な変性疾患および癌などに苦しんでいる。

第三に、たとえ最善の人生が(十分に)良いものだと思ったとしても、人間を生み出すことは、その人に対し、それが人生の終わりに起こるものだとしても、グロテスクな苦しみの容認できないリスクを負わせることを意味する。例えば、イギリスの男性の40%、女性の37%が、ある時点で癌を発症する。それらは恐ろしいオッズである。存在を与えることで、他者にそれらを負わせることは向う見ずな行為である。Rust Cohleは「この思い上がりは、魂を非存在の中から引っ張り出し、...この命をこの脱穀機に突っ込む...」[5](彼の言う魂は明らかに比喩的に取られるべきである。)と言ってこの考えを表している。

アンチナタリズムへのもう一つのルートは、私が「厭世(えんせい)的(misanthropic)」と呼んでいるものだ。この議論は、ヒトは、数十億のヒトやヒトでない動物たちの苦しみや死の原因となっている深刻な欠陥を持った破壊的な種であるというものある[6]。そのレベルの破壊が他の種によって引き起こされた場合、我々はすぐさまその種の新たなメンバーが生みだされるべきでないと考えるだろう。

Rustin Cohleはアンチナタリズムを支持するにあたって、厭世主義を明示的には採用していないが、おそらく彼も厭世主義者だろう。例えば「通常、罪悪感を感じない者ほど、楽しい時間を過ごす」と鋭く観察しいている[7]。彼の厭世主義からの推論は、アンチナタリストが必ずしも支持する必要があるものではない。例えば、彼自身の(「正しい」)暴力を正当化するにあたって、「世界は悪人が必要だ。俺たちは別の悪人たちをドアの外に締めだしているんだ」と彼は言う[8]。アンチナタリストは、暴力がいつ正当化されるのか、あるいは正当化されないのかについての特定の見解にはコミットしていない。アンチナタリズムは全面的な道徳理論ではなく、出産の道徳についての見解に過ぎない。しかし、Rustin Cohleと彼のパートナーMartin Hartが行っている自警の暴力は、適切な道徳的考察が適用されれば、検問を通過するとは考えにくい。

また、アンチナタリズムはアルコール依存症に訴えるべきであるとも意味してはいない。アルコールの過剰摂取は、アルコール乱用者本人や、それに接触するものにとって、人生をより良いものではなく、むしろより悪いものにする傾向がある。

アンチナタリストをニヒリストとみなす傾向は一般的だ。Rust Cohleもニヒリストであると主張する。しかし、その主張にもかかわらず、Nic Pizzolatto自身が指摘しているように、Rustはニヒリストではない[9]。 ニヒリストは(価値において)何ものにも意義がないと考えるが、Rustやアンチナタリストは一般に、多くの重要なものが存在すると考えている。例えば、人々が苦しんでいるかどうかは重要だ。アンチナタリストは、価値の不在よりも、価値ついての深い懸念に根ざしているのだ。

それは、人間だけでなく他の動物についてもだ。少なくとも存在を与えられることで害される感覚を持つ動物については。意識の基本的な呪いは、すべての感覚を持つ存在に適用される。しかし、多くのアンチナタリストは人間に焦点を当てている。理由はさまざまだ。その中には、(正常で健康的な成人した)人間は、自己意識という追加の呪いに直面しているからというものがある。関連する理由では、ほとんどの人間は、少なくとも原則として、子孫を生み出すべきかどうかを判断することができるためであるというものもある。

しかし多くの人間は、仮にしていたとしても、驚くほどわずかにしか出生行動について考えていない。これは、人間は彼らが望むほどには、人間以外の動物と異なっていないということかもしれない。我々も他の動物たちと同様に、そのような産物を持つことを期待するよう駆動する生物学的特性を備えた進化の産物なのだ。Rustはこの障害を認識し、このように述べている:

「我々の種に行える高潔な行動は、我々のプログラミングを否定し、生殖をやめることじゃないか。最後の晩に、手を取り合って絶滅に向かうんだ。兄弟たち姉妹たちとともにひどい仕打ちから身を引くことなんだよ」[10]


アンチナタリズムはヒトの絶滅を望む一方で、それは特定の絶滅の手段、すなわち出生の終焉による見解であることに注意することは重要だ。アンチナタリストは、一部の批判者たちが無神経に示唆しているように、自殺や「種全体の殺害」にコミットするものではない。存在を与えられないことによって失うものは何もない。対照的に、存在を止めることにはコストがかかる。特に自殺は本当に難しい。それゆえにRustはMartyの「なんのために朝ベッドから起き上がるんだ」という質問に「オレは自殺する性質じゃない」と答えている[11]。殺人や種の根絶は、死ぬことを望まない人の権利を侵害すること以外にも、付加的な道徳的問題を複数抱えている。

アンチナタリストとして、Rust Cohleは遅咲きだった。彼がアンチナタリストになったとき、すでに娘に存在を与えることを取りやめるには遅すぎた。確かに彼は娘の死によって、自分の子孫に存在の危険をもたらすのがいかに傲慢なことかを理解した。従って彼の「娘について言えば、彼女はオレを父親でいる罪から逃れさせてくれた」という言葉[12]は誤解されている。父でいる罪というのは、子を育てる罪ではなく、新たに子供を生み出す罪なのである。

ネタバレ注意:残念なことに、Ruthの考えが最初のシーズンの終わりにアンチナタリズムから逸れると考える決定的な理由がある。明らかに楽観主義が増しているという証拠が見られるのだ。彼とMartyが夜空を眺め、Ruthが「光対暗」について語る。Rustの陰鬱な意見を分かち合わないMartyは、「暗闇にはもっと多くの領域がある」と述べる。Ruthは最初同意するが、その後撤回する。シーズンの最後のラインで彼はこう言う「かつて闇しかなかったとしたら、オレに言わせれば、光は勝利している」。いや、私に言わせればそうではない。それは相変わらず暗闇に覆われている。



Footnotes & References

[1] David Benatar, Better Never to Have Been: The Harm of Coming into Existence, Oxford: Oxford University Press, 2006.

[2] Michael Calia, “Writer Nic Pizzolatto on Thomas Ligotti and the Weird Secrets of ‘True Detective’, The Wall Street Journal, 2 February 2014, http://blogs.wsj.com/speakeasy/2014/02/02/writer-nic-pizzolatto-on-thomas-ligotti-and-the-weird-secrets-of-true-detective/tab/print/ (Accessed, 26 February 2015).

[3] Michael Calia, “The most shocking thing about HBO’s ‘True Detective’”, The Wall Street Journal, 30 January 2014, http://blogs.wsj.com/speakeasy/2014/01/30/the-most-shocking-thing-about-hbos-true-detective/tab/print/ (Accessed, 23 March 2015)

[4] I survey some of this evidence in Better Never to Have Been, pp. 64-69.

[5] The True Detective, Episode 2.

[6] This argument is presented in Chapter 4 of David Benatar and David Wasserman, Debating Procreation: Is it Wrong to Reproduce?, New York: Oxford University Press, 2015.

[7] The True Detective, Episode 3.

[8] The True Detective, Episode 3.

[9] Michael Calia, “Writer Nic Pizzolatto on Thomas Ligotti and the Weird Secrets of ‘True Detective’”, The Wall Street Journal, 2 February 2014, http://blogs.wsj.com/speakeasy/2014/02/02/writer-nic-pizzolatto-on-thomas-ligotti-and-the-weird-secrets-of-true-detective/tab/print/ (Accessed, 26 February 2015).

[10] The True Detective, Episode 1.

[11] Ibid.

[12] The True Detective, Episode 2.


David Benatar
David Benatar is Professor and Head of Philosophy at the University of Cape Town, South Africa. He is the author of Better Never to Have Been: The Harm of Coming into Existence (Oxford, 2006) and The Second Sexism: Discrimination Against Men and Boys (Wiley-Blackwell, 2012).


http://www.thecritique.com/articles/we-are-creatures-that-should-not-exist-the-theory-of-anti-natalism/

You may like:

【環境】『子供を持たないという選択は、他のどんな取り組みより環境によい―今や彼らを賞賛すべき時だ』The Independent 2016/8/8

【環境】『子を産むことは環境にとって恐ろしく悪影響であるため、私は子を持たない』ワシントンポスト 2015/7/14







Better Never to Have Been: The Harm of Coming into Existence


この記事へのコメント

人気記事