【物理】『量子もつれは奇妙だが遠隔作用ではない』ScienceNews 2016/1/27

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Entanglement is spooky, but not action at a distance
Quantum experiments refute Einstein’s hopes
By Tom Siegfried
JANUARY 27, 2016 AT 8:05 AM
https://www.sciencenews.org/blog/context/entanglement-spooky-not-action-distance


前のハロウィンの2週間ほど前、オランダの物理学者たちは、アインシュタインが「奇妙な遠隔作用」と呼んだ現象の実験的証明を持って物理世界をもてなした(treated)。

これは、量子エンタングルメント(量子もつれや絡み合いとも訳される)として知られるこの奇妙な現象を実証した実験としては初めてのものではない。しかし今回の実験は、エンタングルメントがそんなに奇妙なものではないと判明することを期待する懐疑派のものたちによって指摘されていた抜け穴を塞ぐことになった。判決は下され、奇妙さが勝利したのだ。エンタングルした粒子の一方の性質を測定することで、もう一方の粒子を測定した場合の結果を明らかにすることができる。これは他方の粒子がどれほど離れていても成り立つのだ。

アインシュタインはこれが気に入らなかった。しかし、彼の異議の趣旨も、この実験が明らかにすることも、誤った広め方をされてきた。この結果をポピュラーメディア(例えばなんとか「タイム」とか「タイムズ」などの名前の新聞やニュース雑誌)を通じて読んでいるとしたら、メンインブラックに出てくる記憶消失機が欲しくなるかもしれない。あなたはミスリードされているからだ。

例えばあるニュース雑誌に書かれたい記事は「アインシュタインは光速について誤っていた」と叫ぶ見出しを掲げていた。さらにある主要な新聞は、この新たな実験は「遠く離れた物体同士が瞬時に互いの振る舞いに影響を与えることを証明した」と報じた。だが実際にはアインシュタインは光速について何も誤っていないし、エンタングルした物体は瞬時に互いに影響を与えたりはしない。量子物理の一線の研究者であるIBMのチャールズ・ベネットはアインシュタインが犯した誤りは、エンタングルメントを奇妙な遠隔作用と特徴づけたことだという。「それは奇妙ではあるが、遠隔作用ではない」と彼は述べている。

また、アインシュタインはエンタングルメントを信じていなかったとか、それを理由に量子力学は誤りであると考えていたと誤って報じられることもあるが、実際にはアインシュタインはエンタングルメントがありえないことだとは主張していない。

彼は観測可能な事柄についての量子論的記述は正確であると信じていた。彼はただ、エンタングルメントは量子論で考慮されていない隠れた「自然の本質」の存在を示唆していると考えていただけである。

よって、アインシュタインは量子力学が誤りであると考えていたのではなく、不完全であると主張していたのだ。

しかし、最新の量子エンタングルメント実験はそうではないと示している。オランダの実験のみならず、より最近報告された別の2つ実験も、量子力学にはエンタングルした粒子の性質はすべて含まれていることを実証している。

もちろん、これにはまだ謎がある。物理学者たちはエンタングルメントに関して何十年にも渡り議論してきた。彼らは物理的世界の性質に関する理解のために、それが何を意味し、そしてどんな帰結があるのかということについて、あらゆる種類の見方や説明や議論を提出してきた。

しかし、その主題について書かれた記事の多くは混乱したものである。一線の量子物理学者たちは、エンタングルメントがなぜそのような作用のしかたをするのかについての議論はあれど、どのように作用するかということについては、優れた理解を得ている。

だが、エンタングルメントが複雑な現象であることは認めよう――言っても量子物理である――だから大抵の記事で書ききれる量では説明できない。なのでまずはエンタングルメントとは何か、そしてなぜアインシュタインはそれを好ましく思わなかったのかということからはじめよう。

エンタングルした粒子は量子波動関数として知られるある数学的表現を共有する。この数学的対象は、特定の観測の結果がどうなるか予期する助けとなるものは何も提供しない。しかし、ひとたび片方の粒子が測定されると、同一の測定に関してもう一方のとる結果を知ることができる。それが例え遥か彼方の研究室にあったとしてもである。

粒子は互いに相互作用したり、同一のソースから放出された場合などにエンタングルしうる。角運動量ゼロのある粒子(パイオンとしよう)から2つの光子が放出されたとしよう。2つの光子のスピンの和はゼロでないといけない。よってもしある物理学者A(彼女をアリスと呼ぼう)が片方の光子を測定しスピンが+1であったとすれば、彼女は瞬時に、別の物理学者B(ボブ)がもう一方の光子を測定すればスピンは-1となることを知る。

この時点でも、アインシュタインにとってなんの問題もない。この実験は手袋の組を分け、片方をアリスに、もう一方をボブに送ることに比べ、特別不思議なことはないように思える―アリスが右手ならボブは左手を受け取る。しかし、エンタングルメントはそれほどシンプルではない。どちらの粒子も測定されるまで確定したスピンを持ってはいないのだ。つまり、その「手袋」には、受け取り人のもとに向かう途中確定した利き手がないのだ。

これはミトンを送ることに近いかもしれない。そしてもしアリスがそれを右手にはめれば、それは右手用の手袋に様変わりし、ボブが左手にはめれば、左手用の手袋に変わる。もし右手にはめようとすればミトンのままだ。アインシュタインは、手袋の利き手は何らかの物理法則によって事前に決定されていなければならないと主張した。彼はアリスの選択が、ボブの手袋が手に合うかどうかに影響を与える可能性があるということにまごついた。

しかし、これこそが実際の実験で確立されたことなのだ。



典型的な実際の実験では、光子は偏光(光の振動方向)の未確定な状態で用意される。偏光フィルター(サングラスのレンズなど)は、ある偏光角のみを通し、他の偏光をブロックする。

フィルターをピケット・フェンスと考えれば、縦に偏向したフォトンは2つのスリットの間を抜けていく。しかし、フェンスを90°回すと、縦偏向した光子はブロックされ、今度は横に偏向した光子が通過するようになる。

エンタングルした光子の組を用意し、アリスとボブに送るとする。もしアリスが自分の光子を測定した結果縦偏光であったとすると、瞬時にボブの光子は横偏光であることを知る。このシナリオでは、アリスは自分のフィルターを縦に向け、光子がそれを通過し、その背後にある検出器がカチッと音を鳴らして光子が到達したことを記録したとする。もしボブがフィルターを横に向けていれば、同じようにボブの検出器も音を鳴らしたが(左手手袋)、もし縦にしていれば、音はならなかった(ミトン)。

トリッキーなのはアリスの光子は横偏向でもありえたということだ。それは測定されるまでどうするか「決断しない」。アリスが常に検出器を縦にするとしよう。実験を何度も何度も繰り返し、常にまったく同じ量子状態のエンタングルした光子を送れば、アリスの検出器はいつも音を鳴らすわけではない。光子が縦偏向でありフィルターを通って検出器にあたる場合もあれば、そうでない場合もある。アリスが検出するまで光子は決まった偏向を持たない。ボブについても同じだ。だがひとたびアリスが測定を行えば、ボブの測定結果も確定する。

ここがエンタングルメントの解説において、多くの混乱が立ち込めるところだ。あなたが「ニュー」と「ヨーカー」がタイトルに付く雑誌で読んだことがあるかもしれないこととは反し、アリスの測定が「瞬時に」ボブの光子に影響を与えるわけではない。いかなる信号も送られることもないし、いかなる影響も伝達されない。アリスにわかるのは、ボブが先に光子を測定したのかもしれないということだけだ。実際、測定がほぼ同時に行われれば、どちらが先に測定が行われたかを言い当てる客観的な方法は存在し得なくなる。(光速に近い速度で飛行する宇宙旅行者から見ればボブの測定が先に見えるかもしれないが、別の方向に飛行する旅行者はアリスが先に見えるかもしれない)

ポイントは、もし量子力学が正しければ、エンタングルした粒子のどちらもフィルターを抜ける(そして検出器で記録される)まで偏向の向きがわからないということだ。しかし、アリスもボブも結果を先に予測することは出来ないとはいえ、片方の運命を知ることによりもう一方の運命も明らかにされる。

アインシュタインは、量子の数学には何かが欠けていると感じた。

アインシュタインは1947年、友人であるマックス・ボルンに充てて「この理論は、現実は奇妙な遠隔作用の存在しない時間と空間の中で表現されるという物理学の発想とは調和しない」と記している。

アインシュタインは後に、量子力学は自然界を正しく記述していると強調している。「私はこの(量子)理論は物理学の知識の重要で、ある意味では最終的な進歩を表しているということを否定しない」と1948年にボルンに充てた原稿に記した。アインシュタインはただ、最終的には、量子力学と合わさり、エンタングルした粒子のすべての可能な測定値から「現実の」値を選び出すより深い理論が発見されると信じていただけなのだ。彼が求めていた理論というのは、彼の言葉で言えば「異なる空間部分に現れる物理的存在の独立性を」受け入れるものであった。

「私が知る物理現象について考慮するときも、その要求を放棄するよう思わせるものはどこにも見当たらない」と記している。

だがもし彼があと十年長く生きていれば、―ジョン・ベルというアイルランドの物理学者とその実験に触発され―考えを変えたかもしれない。

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